船乗りと指物職人
−日用品と社会性−


 -------- 昔々あるところに、とても経験豊富で同僚達からの信頼もあつい、ひとりの船乗りがいました。仲間と共に様々な困難を乗り越えてきた彼にも、一つの悩みがありました。
 それは、長い航海中の貴重品の保管に関することでした。盗難の心配ではありません。潮風と襲ってくる荒波によって、保管用の小箪笥が強烈に痛めつけられ、中に入れてあった大切な薬や貴重品までが使いものにならなくなってしまう事でした。
 困り果てた船乗りは、ある時近くの指物職人に相談をしてみることにしました。指物職人は船乗りの切実な相談に真剣に耳を傾け、職人としての経験と技術で船乗りの希望に応えようと手を動かし始めます。
 引出しの中身は湿気から収納物を守るため桐材を選びました。表面材は硬い欅材を選び、また箱の角々には金具を打ちつけ強度を図る工夫をしました。表面には、潮風に耐えられるようにと彼の得意とする漆塗りを施しました。そして念のためにと、忍び箱と頑丈な鍵をつけてあげました -------- 

 「舟箪笥」の出来たきっかけは、おそらくこんな感じだったと思われます。使う人へのインタビュー、商品製作、販売がダイレクトでした。
 現在、商業主義の嵐が世界を飲み込み、大量生産・大量消費がマーケットを巨大化させています。そんな中、知らず知らずのうちに「使う人」と「造る人」の距離が遠く離れてしまいました。
 それはある程度仕方の無い事とは思いますが、造る側や売る側の事情に重きをおいた商品が市場に溢れているように思えてなりません。
 より良質なものをより多くの人々が買いやすくするために生まれてきた工業製品もあれば、前述した弊害ともいうべき工業製品もあります。また日用品として十分な性能を持ってはいるが、生産コストがかかりすぎる工芸品的な物もあれば、今となっては道具としての性能が時代に合わなくなり、オーナメントとしてその存在価値を見つけた工芸品もあります。
 市場にはさまざまな商品がランダムに並べられ、熱いまなざしで消費者を見つめています。現在これだけ多様なライフスタイルの中で、選択肢が多ければ多い程、出会うべき商品にたどり着くことの困難さは、おそらく私のパソコンとの格闘日誌以上の事と思います。
 
 さてこのような現代、自分にとって良いものにうまくたどり着くのにはいったいどうしたらよいのでしょうか?

 それには自分のライフスタイルを振り返ることが何よりも重要です。そのことによって、そのものの本当の購入目的が見えてきます。

「カシミヤの背広を着て野良仕事をしている人はいませんか?」

「フェラーリ308GT−Bに乗ってオフロードを爆走している人はいませんか?」
どこかの国のビル・ゲイツさんは別としてネ!

[公園の手漕ぎボートで世界一周にチャレンジしている人はいませんか?]

こんな人はいませんよね!

こんな例は極端にしても、内容のわかりにくい商品を購入した時には少なからずこれに近い現象が起きているのではないでしょうか。
 日用品においては、使えば使うほど少しずつその蓋が開いてくるものです。
その中からは白く苦い煙が後悔という形で立ち昇ります。
 
 それでは良い日用品とはどんな物を指すのでしょうか。生活の為の道具である以上はそれが持つ性能がその価値を決めると思います。そしてその性能が自分の目的に合うかどうかがもっと重要になってきます。つまり道具である以上は、どんなに高額な素材を使っていようが、どんなに有名な巨匠がデザインしようが、それを名工と言われる人が作ろうが、有名ブランドメーカーのものであろうが、そしてどんな店や人が売っていようが、使う側の目的と日用品の持つ性能や特徴が合わない限り決して良いものとはいえないのです。

 本当のプロは自分の買い物をするときは自分にとって最良のものを購入しています。購入目的の把握と商品科学が出来ているのでそれは当然の事なのです。逆に考えれば一般の方でもそれさえ出来ればプロと同じ価値判断が可能になるということです。つまりよくあるプロが好むものと流通で回っているものとの不思議なギャップを埋めることが出来るようになるのです。私達が出来る社会の中での役割とは、その辺で皆様のお手伝いをする事と考えています。
 それでは日用品とオーナメント・工業製品と工芸品の整理整頓あたりから始めましょうか。「純粋芸術と応用美術の格闘などは,すでに過去のよき時代のこと・・・」とお嘆きのそこのあなた。まだまだ捨てたものではありませんよ!
「帰りたくなる家」の空間デザインがきっと出来るはずです。

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